1. 現場の悲劇:優秀な人に2人分・3人分の仕事が集中する悪循環
男性育休の取得は素晴らしい社会的進歩ですし、労働者の正当な権利です。しかし、中小企業の現場には「余剰人員」などどこにもいません。1人が半年間抜けるということは、現場のマンパワーが文字通り20%〜30%蒸発することを意味します。
この時、最もやってはならないマネジメントが「仕事の総量はそのままにして、残ったメンバーの善意と残業で気合いで回そうとすること」です。
声の大きい人や要領のいい人は仕事を押し返します。結果として、「責任感が強く、断るのが苦手で、最も仕事ができる優秀な社員」に2人分、3人分の仕事が集中します。
その真面目な社員は文句も言わずに必死に耐えますが、ある日限界を超えて体調を崩し、突然の休職や退職(サイレント離職)に追い込まれます。企業にとって最も失ってはならない大黒柱を失う損失は、計り知れません。
2. ドラッカーの「劣後順位」をチームに適応せよ
では、どうすればよいのでしょうか?
私が強く共感し、今回の岐阜県職場定着セミナーでも熱を込めてお伝えしているのが、理央周先生の著書『サボる時間術』の中で紹介されている、経営学の父ピーター・ドラッカーの「劣後順位(何をしないかを決めること)」という考え方です。
理央先生が著書でおっしゃっているのは「個人の時間管理術」でしたが、産業カウンセラーとして多くの組織崩壊と再生を見てきた私には確信がありました。「これは、個人だけでなく、欠員に直面したチームの組織マネジメントにこそ100%適応できる!」ということです。
優先順位を決めて「あれもこれもやろう」とするから破綻します。人手不足の現場において管理職が果たすべき真の責任とは、「まず最初に、何を捨て、何をやめるか(劣後順位)」を公式に決定することなのです。
3. 「緊急度 × 重要度」マトリクスの罠:作業(さぎょう)vs 価業(かぎょう)
私たちは日々の仕事の中で、どうしても「急に入ってきた仕事」「締め切りが目の前に迫った仕事」に忙殺されてしまいます。
理央周先生の著書には、仕事を仕分けする上で極めて重要なキーワードが登場します。それが「作業(さぎょう)」と「価業(かぎょう)」の対比です。
【高】 成果に
直結
🔥 必須遂行(ランクA)
突発クレーム対応、安全管理・法令遵守、納期直前の売上直結業務など。組織の存続に直結する業務。
💎 『価業(かぎょう)』= 価値を生む仕事
業務の棚卸し、属人化の解体(1枚マニュアル化)、部下育成、1on1、仕組み化。理央周先生が説く「価値を生む本質業務」。
低い 重要度
【低】 ▼
⏳ 『作業(さぎょう)』= 追われる仕事
急な締め切り、突発的な割り込みタスク、他者の都合、定例ルーチン。目の前の忙しさに忙殺されるだけの仕事。
🗑️ 『劣後順位』= やめるべき仕事
過去の慣例、形骸化した報告書・日報、儀礼的な定例会議、前任者の個人的なこだわりなど。
人手が足りない時ほど、チーム全員で「第II領域:価業(価値を生む仕事)」の時間を意識的に確保しなければなりません。具体的には、誰かが抜けても回るような「1分スマホ動画での手順共有」や「1枚業務カードの作成」です。これを後回しにして「目先の作業」にばかり追われていると、現場は疲弊しきってしまいます。
4. 最大の壁:「前任者・OBからの圧力」をどう乗り越えるか?
しかし、いざ「仕事を仕分けして、やめることを決めよう」とすると、現場には必ずといっていいほど最大の心理的障壁が立ちはだかります。
それは、以前その部署にいた元上司やOB社員からの、次のような横槍・圧力です。
現場の担当者はこれに反論できません。「前任者の顔を立てなければ」「怒られたらどうしよう」と板挟みになり、結局やめられずに隠れて残業することになります。
ここで管理職が絶対に言ってはならないNGワードが、「そんな古い仕事は無駄ですから無くします」という全否定です。前任者の自尊心と過去の努力を傷つけ、社内政治の泥沼に発展します。
管理職が伝えるべきは、「存在承認(過去への敬意)」と「部署としての公式な選択」の完全分離です。
「〇〇さんが築いてこられた仕事を『価値のない仕事』と言うのでは決してありません。これまで組織を支えてくださったご尽力には、心から深く敬意を払っております。
その上で、半年間の男性育休という未曾有のピンチにおいて、今のこの部署として生き残り、現役メンバーを守るために集中すべき優先度をこちらにシフトしたいのです」
もちろん、本当に無くしてよい仕事なのかを事前に慎重に吟味することは大前提です。しかし、一度決断したならば、上司が毅然と盾となり、過去の功績に感謝を捧げつつも「今はこれが組織の選択である」と宣言して部下を守り抜く必要があります。
5. 支えてくれた社員に「手当」で報いる(助成金の完全活用)
業務を削り、劣後順位を決めても、残された社員が育休社員の業務を肩代わりすることに変わりはありません。
ここで「お互い様だから」「感謝しているよ」という精神論の言葉だけで済ませては絶対にいけません。
支えてくれた同僚社員に対しては、月額1万〜3万円程度の「業務代替手当(兼務手当)」を支給し、人事評価でも「組織貢献」として賞与に明確に加点してください。
「そんな手当を出す原資が会社にない」と思われるかもしれませんが、厚生労働省の『両立支援等助成金(育児休業等支援コース・業務代替支援加算)』を活用すれば、代替手当の支給実績に応じて最大125万円の助成金が支給されます。会社の持ち出しなしで、周囲の不公平感を解消し、協力体制を築くことができるのです。
6. まとめ:欠員は「組織の無駄を捨て、真の価業へ集中する」最高のチャンス
誰かが半年間休むということは、一見するとピンチに思えます。
しかし見方を変えれば、「長年誰も手を付けられなかった属人化業務や、形骸化した不要な作業を総点検し、チームが本当に価値を生む『価業』へと生まれ変わる絶好のチャンス」でもあるのです。
休む社員も、残って支える社員も、会社にとって等しくかけがえのない大切な宝物です。
善意の搾取に頼らず、ルールと手当、そしてドラッカーの「劣後順位」という科学的なマネジメントによって、誰も割を食わない、温かく強い職場を作っていきましょう。