情勢解説
「お客様は神様」の時代は終わった ── カスハラ対策は「努力」から「義務」へ
📝 本稿について:本稿は、産業カウンセラーとして職場のメンタルヘルスとハラスメント防止に携わってきた立場からの解説です。法令の条文や指針の解釈など、個別の法的判断は社会保険労務士・弁護士にご確認ください。指針の原文は厚生労働省ホームページで公開されています。
「お客様は神様」「どんな理不尽な要求にも耐えるのがプロ」──こうした考え方は、もう通用しません。2026年10月1日、改正労働施策総合推進法が施行され、顧客や取引先などからの著しい迷惑行為(カスタマーハラスメント)から従業員を守ることが、業種や企業規模を問わず、すべての事業主の法的義務になりました。
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2022年2月
厚生労働省が「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を公表
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2023年9月
精神障害の労災認定基準に「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」が追加
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2024年10月 → 2025年4月
東京都で全国初の「カスタマー・ハラスメント防止条例」が成立し、翌年4月に施行
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2025年6月
改正労働施策総合推進法が成立(令和7年法律第63号)
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2026年10月1日いまここ
改正法・指針が施行され、すべての事業主にカスハラ防止措置が義務化(対応が不十分な場合、都道府県労働局による助言・指導・勧告の対象となり得ます)
会社が「盾」になることで、社員は安心してお客様と向き合える。
⚖️ 措置義務とは別に、もともと「安全配慮義務」もあります
労働契約法第5条は「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と定めています。暴言・脅迫・長時間の拘束・土下座の強要といった悪質な言動から社員を守る手立てを講じなければ、改正法の措置義務に加えて、
安全配慮義務違反を問われるリスクも生じます。
「うちは店舗を持たないから関係ない」「BtoB(企業間取引)だから大丈夫」と考える経営者の方も少なくありません。しかし実際には、元請からの契約外の無償対応の強要、発注元の無理難題、納品先での恫喝など、逃げ場のないBtoBの現場こそ深刻なカスハラが起きやすいのが実情です。指針でも、顧客だけでなく取引先からの言動が対象に含まれています。
🎓 同じ10月1日にもう一つ義務化されたこと:改正男女雇用機会均等法により、就職活動中の学生やインターンシップ参加者など「求職者等」へのセクシュアルハラスメント防止措置も事業主の義務になりました。採用面接やOB・OG訪問の場も、もはや「社外のこと」では済まされません。
義務の中身
指針が求める「5つの措置」── 何をすれば“対応済み”と言えるのか
厚生労働省の指針(令和8年厚生労働省告示第51号)では、事業主が講ずべき措置として、大きく次の5つが示されています。「マニュアルを1冊作れば終わり」ではありません。方針・窓口・事後対応・悪質事案への備え・相談者の保護を、一つの仕組みとして回すことが求められます。
💡 各カードをクリック(タップ)すると特大表示になり、[←][→]キーやスワイプで5つの措置を順番に確認できます。
判断基準
正当なクレームと「カスハラ」の境界線 ── 指針が示す3つの要素
企業がカスハラ対策をためらう最大の理由は、「正当なご意見まで突っぱねて、お客様を失うのではないか」という不安です。指針では、次の3つの要素をすべて満たすものをカスハラとしています。客観的に見て社会通念上許容される範囲の正当な苦情・申し入れは、カスハラにはあたりません。線引きがはっきりしているからこそ、現場は安心して誠実な対応に集中できます。
要素 ①
顧客等の言動であること
顧客・取引先・施設の利用者など、自社の事業に関係を持つ人からの言動であること。元請・発注者・施主なども含まれます。
要素 ②
社会通念上許容される範囲を超えること
業務の性質などに照らして、許容範囲を超える言動であること。
【要求内容】契約外の無償対応、過剰な金銭補償、土下座の強要など。
【手段・態様】要求に理由があっても、怒鳴る・机を叩く・長時間の拘束・SNSでの晒しなど。
要素 ③
労働者の就業環境が害されること
その言動によって従業員が身体的・精神的な苦痛を受け、通常どおり働くことが難しくなるなど、就業環境が害されること(平均的な労働者の感じ方を基準に判断します)。
💡 現場を守る「組織対応への切り替えセリフ」
会社の方針と規程が整っていれば、現場の社員は次のように落ち着いて伝えることができます。
『大変申し訳ございませんが、私個人の判断で無償対応やお約束、書面の作成をすることはできません。社内の規程に従って上の者に報告し、会社として正式にご回答いたします』
ポイントは、
「個人の判断」から「組織の判断」へと話を移すことです。相手の感情を必要以上に刺激せず、社員をその場の圧力から離脱させることができます。このセリフが使えるのは、会社が方針と規程で社員の後ろ盾になっていればこそです。
セルフ診断
御社は大丈夫?「カスハラ対応度」10問チェック
指針の5つの措置をもとに、自社ですでにできていることにチェックを入れてください。結果はその場で表示されます。できていない項目は、ボタン一つで下の無料相談フォームに反映できます。
※本診断は、指針の要旨をもとにした簡易チェックです。法令への適合を保証するものではありません。個別の判断は社会保険労務士・弁護士にご確認ください。
先進事例
いち早く体制を整えた企業に学ぶ ──「対策済み」と「放置」を分ける3つのリスク
私ども「メンタルヘルスサポート 夢人(ゆめんちゅ)」の支援を活用し、いち早く社内体制づくりに着手された企業(製造・設備工事などのBtoB企業様)では、経営トップ自らが「社員の尊厳と安全を、理不尽な要求から断固として守る」と全社に宣言されました。
さらに、現場社員用と相談窓口用の2系統マニュアルの整備、就業規則への規定の追加、社内ポスターの掲示、全社員向け研修までを一気通貫で実施。現場の社員が孤立せず、誇りを持って働ける体制を整えられています。こうした取り組みは、10月1日からの措置義務の柱(方針・相談体制・事後対応)とそのまま重なります。
💡 「うちの会社でも同じような体制を整えたい」「施行後、まず何から手を打つべきか相談したい」とお考えの経営者・人事ご担当者様は、ぜひ一度ゆめんちゅへご相談ください。業種や現場の実態に合わせて、体制づくり・マニュアル策定・社内研修をオーダーメイドで伴走支援いたします。
一方で、日々の業務や納期に追われ、「必要性は分かっているが、何から手をつければいいか分からない」まま施行日を迎えた企業も少なくありません。
⚠️ カスハラを放置した企業を襲う「3つのリスク」
① 優秀な若手・中堅社員の「サイレント離職」
不当な要求への対応を現場に丸投げされた社員は、「会社は自分を守ってくれない」と感じ、相談することなく静かに辞めていきます。
② 労災認定と損害賠償(安全配慮義務違反)
精神障害の労災認定基準には、2023年から「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」ことが明記されています。対策を怠った結果、社員がうつ病などを発症すれば、安全配慮義務違反として高額の損害賠償を求められるおそれがあります。
③ 行政指導・SNSでの炎上と採用への打撃
措置義務を果たしていなければ労働局の助言・指導の対象となり得ます。「理不尽なクレームを社員に押しつける会社」という口コミが広がれば、新卒・中途採用にも深刻な影響が出ます。
| 項目 |
先進企業(対策済み) |
放置企業(未対策・後手) |
| 法令対応 |
対応済 10/1施行の措置義務を満たす仕組みがある |
未対応 労働局の助言・指導の対象になり得る |
| 経営方針 |
明確 社長メッセージで「社員を守る」と宣言 |
曖昧 「お客様を怒らせるな」という精神論 |
| 現場の負担 |
安心 個人判断での謝罪・金銭の約束を規程で禁止 |
過酷 担当者が一人で怒声を浴び続ける |
| 判断基準 |
明確 指針の3要素でクレームとカスハラを区別 |
混乱 何が理不尽なのか現場で判断できない |
| 発生時 |
組織で対応 相談窓口から組織的にエスカレーション |
孤立 担当者が心身の不調で突然休職 |
実践手順
今月中に着手したい「社内防衛4ステップ」
カスハラ対策は、専門家に高額な費用を払って分厚い規程を作ることから始める必要はありません。小さく始めて、確実に回すことが大切です。次の順番で進めれば、指針の5つの措置を無理なく形にできます。
STEP 1 | 措置①
トップの方針表明(ポスター・Web掲示)
「社員を理不尽な要求から守る」という社長メッセージを社内に掲示し、Webでも公開します。社員の安心感が大きく変わります。
STEP 2 | 措置②⑤
相談窓口の明確化と周知
一人で抱え込ませないための窓口(上司・総務・外部窓口)を決め、プライバシーが守られること、相談しても不利益がないことを周知します。
STEP 3 | 措置③④
2系統マニュアルの整備
現場社員が持ち歩ける「初動対応マニュアル」と、管理職・窓口担当者が事実確認・ケア・悪質事案への対応まで見据えて使う「窓口実務マニュアル」を用意します。
STEP 4 | 定着
ロールプレイ研修で「使える」状態に
マニュアルを配るだけでは現場は動けません。講師が悪質な顧客役を演じ、「どう断り、どう引き継ぐか」を体で覚える体験型研修で定着させます。
研修案内
メンタルヘルスサポート 夢人 | カスハラ対策研修・体制構築 伴走プログラム
「自社だけでマニュアルや規程を作る余裕がない」「現場の社員にどう教えればいいか分からない」という企業様に向けて、業種・現場の実態に合わせたオーダーメイドの研修と体制づくりをご支援しています。
🎓 実践カスハラ対策研修(標準カリキュラム:半日〜1日コース)
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第1部
10月施行の改正法と企業の安全配慮義務(60分)
改正労働施策総合推進法・厚労省指針・東京都条例のポイント、裁判例から学ぶ企業の責任、正当なクレームとカスハラを分ける3要素。
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第2部
感情に巻き込まれない「心の防護壁」と伝え方(60分)
怒声や脅しを受けたときの感情のコントロール、相手の感情と事実の切り分け、DESC法を使った毅然とした線の引き方。
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第3部
修羅場を想定した「現場ロールプレイ演習」(60分)
土下座の強要、無償対応の要求、長時間の電話、SNSでの晒し予告などに対する具体的なセリフの練習と、その場からの離脱訓練。
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第4部
管理職・窓口担当者向け「記録と組織的エスカレーション」(60分)
客観的な記録(日時メモ・録音)の残し方、警察・弁護士と連携する判断基準、被害を受けた社員へのケア面談。
製造業、建設・設備工事業、ITサービス業、物流・飲食業など、業界ごとの商習慣や取引構造を踏まえたケーススタディで構成するため、受講した翌日から現場で使えます。